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2019年8月。今大学院はようやく夏休みです。8月後半には集中講義が始まりますが、その間に春夏学期(一橋では前期といわずこう呼ぶ)の復習も兼ねてMBA各科目の特徴やポイントなどを綴っていきたいと思います。中小企業診断士で、グロービスで働いていた私だからこそ気づく点があると思いますのでお楽しみに。
一橋副学長の講義がとにかくアツい
2019年の経営管理プログラム(千代田キャンパス)の経営戦略の講師は、一橋大学の副学長であり、大学自体の経営戦略を練り、多くの企業の社外取締役も勤める「沼上 幹(つよし)」先生。副学長ともなれば、アカデミックな内容かと思いきや、経営戦略の肝は抑えつつ、適度に学生に疑問を投げかけ、ときにはユーモアを交え、そして実務上の多くの事例を紹介しながら講義を進めてくれました。私達学生のレポート一つ一つに丁寧にフィードバックをしつつA~Dの評価をつけ、そして全員分をひとつのファイルに纏めて、全員にバラまくという、学生からすると悲鳴が巻き起こるフィードバックをしてくれます(笑)。私はこの方法には肯定派。だって、他の人がどんな点で評価されているかを見ることが一番の学びになるからです。
そんな沼上先生の講義の特徴をご説明していきます。
重要論点を深く掘り下げる
経営戦略と聞くと、PEST分析があって、3C分析があって、5F分析があって、ValueChainがあって・・・という一連のフレームワークを想像する方、多いのではないでしょうか。たしかにそれも正しいのですが、フレームワークとフレームワークの間って繋がっていますか?
一般的な経営戦略の教科書的書籍では、このようなフレームワークに偏った書き方がなされているものが少なくありません。グロービスのMBAシリーズもそうですし、中小企業診断士の企業経営理論の経営戦略論もそうです。
でもこれでは、経営戦略の論理を身につけることはできません。なぜなら、経営の上位概念である差別化や集中化、参入障壁、そして様々なフレームワークは、ただの知識でしかないからです。フレームワークを知っている、あるいはフレームワークを使って考えることができるだけでは、フレームワークの間をつなぐ論理を組み立てる力は身につきません。具体的なビジネスのケースを抽象化して捉え、経営の上位概念にあてはめ、さらにフレームワークで分解して再度正規化・具体化して、それらをよどみなく論理的につなぐことができて初めて、経営戦略の論理を活用していることになるのです。
ですから、一橋MBAの経営戦略では、フレームワークや経営の上位概念の解説はいちいちやりません(参考図書を教えるから予習でやってこいということです)。そして特に重要だと思われる論点に絞って深く掘り下げます。2019年の主な論点は以下でした。
- マーケティング戦略
- 業界の構造分析
- 大企業の全社戦略
沼上先生から日経ビジネス等の記事と問いが2問ほど与えられ、それを元にレポートを1ページにまとめ上げ、その内容をもとに議論を繰り返します(1ページにまとめるのがミソです。まとめる力が問われるからです)。
ターゲットを重視する
沼上先生の経営戦略の特徴は、「マーケティング戦略」を入り口にしているところにあります。これは以下の書籍を読んでもらえればわかりますが、「マーケティングが一番消費者に身近でとっつきやすいから」です。
マーケティング「戦略」というと仰々しく聞こえますが、一言でいうと「特定のターゲットに対して、製品・チャネル・価格・プロモーションを適切に組み合わせてフィットさせることで顧客・市場の拡大を図ること」です。
ここで重要な問いは、
- ターゲットはどのような層の人か
- ターゲット層は相応の規模存在するのか
- なぜそのターゲット層に狙いを定めるのか
- 競合他社に対する対抗策はあるのか、またどのくらいの期間有効なのか
- いわゆる4P(製品・チャネル・価格・プロモーション)はそれぞれどのような独自性を持つのか
などです。
今年のマーケティング戦略のレポートテーマは「本麒麟がヒットした要因はどこにあるのか」でした。さて、これをA4Wordで1ページにまとめるとどの様になるでしょうか。ぜひ考えてみてください。
業界構造分析から膨大な学びを得る
マーケティング戦略で、経営戦略の取っ掛かりの部分を学び、身近なイメージを掴むと、次はポーターの5Forceを用いた業界の構造分析に進みます。普通だったら、企業の事業ドメインとか環境分析に移りそうなところを、いきなり5Fに入るということに私も最初戸惑いました。
しかし徐々に理由がわかってきました。企業経営は大局的に考える必要があります。ですから、自社や他社それぞれの戦い方、あるいは外部環境という漠然としたものではなく、ある企業・ある事業が属している業界そのものの構造(しくみ)がどの様になっているのかを分析することが最も経営戦略の考え方を身につけるのに早道なのです。
しかも、沼上流の5Fはそこらの経営戦略の教科書に載っている5Fとはひと味もふた味も違います。通常、5Fが語られるときは、
- ポーターが考え出したこと
- 業界内・売り手・買い手・新規参入・代替品それぞれの力関係を見る
- 目的は、業界の競争環境が激しいかどうかを見極めること
ぐらいです。実際このぐらいしか教科書には書いてません。ぶっちゃけどうやって使えばいいかさっぱりわかりませんよね。
沼上先生の業界構造分析では、5F+1と称して、代替品の他に補完財の影響を考えます。さらに、売り手・買い手それぞれにもさらなる売り手・買い手がおり、そこにも代替品・補完財・新規参入がいるので、そこまで考えます。
そして、業界内の競争に関しては、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)を活用して、競争圧力の強さを数値化します。HHIとは、以下のようなものです。
ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス(Herfindahl-Hirschman Index, HHI)とは、ある産業の市場における企業の競争状態を表す指標の一つ。その産業に属する全ての企業の市場占有率の2乗和と定義される。HHIは独占状態においては 1(数値に%表示のものを用いるときには10000)となり、競争が広くいきわたるほど 0 に近づく。寡占度指数とも呼ばれる。
Wikipediaより
例えば、2社による寡占状態であり、市場占有率がともに50%である場合、HHIは2×0.52=0.5となり、100社の市場占有率が全て1%ずつである場合、HHIは100×0.012=0.01となる。一般にn 社が全て同規模であればHHIは1/n となる
HHIが小さいほど競合が多く競争が激しいということができます。経営戦略論の中で、きちんと数値を計算させるロジックまで説明しているのはおそらく一橋だけでしょう(ちなみに試験も半分以上が計算問題でした)。
以下は、「コンビニ業界の構造分析を行え」という問いに対して私が描いた業界の見取り図です。これを見ていただくだけでも、ただの5Fとは全く異質でかつ奥が深いことがおわかりいただけると思います。
沼上流経営戦略の中ではこの業界の構造分析が最も重要な位置を占めており、コンビニの業界構造分析の他に、自動車業界の構造分析もやりました。こちらは、自動運転や電気自動車などの新しいテクノロジーが出てきている一方で、それらを支えるGPSや5Gなどの通信インフラが度のタイミングで整うか、それに加えて、今まで完全なピラミッド構造だった部品メーカーに、モーターやコンデンサを強みにした新規部品メーカーが参入してきたりと、業界全体を見ると非常にダイナミックなのです。この業界を分析するのはさまざまな論点が浮かんできて、1ページにまとめるのがものすごく大変でした(笑)
全社戦略のフレームワークで締める
業界の構造分析で、企業を取り巻く競争環境と競争要因を具体的な事例から学んだあとは、大企業の全社戦略です。企業同士の競争戦略ではなく、全社戦略であることに注意が必要です。競争戦略は基本的に、どうやって競合に差をつけるかに論点が置かれます。それに対し、全社戦略では、企業の中にある様々な事業をどのように組み合わせて強みを形成していくかに論点が置かれます。
したがって、全社戦略ではBCGが開発したPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)の論理を詳しく学びました。どう詳しく学んだかというと、一言で言うと「PPMを自分で書いて、それぞれの事業をどう持っていくかを語れるレベルになる」まで叩き込まれました。
たとえば、以下のような各事業の市場シェア、成長率、売上規模が示されている場合、相対シェアを以下に示されるロジックで計算します。ちなみに、市場シェアは1社の中でのシェアではなく、各業界の中でのシェアなので調べるのはけっこう大変です。たとえば、A事業が半導体事業だとしたら、半導体業界全体の競合他社とのシェアを調べて導き出す必要があるからです。
事業 | 市場シェア | 相対シェア | 成長率 | 売上規模(百万円) | |
A | 47.10% | 0.471/0.258= | 1.82558 | 0.03 | 100 |
B | 25.80% | 0.258/0.471= | 0.54777 | 0.17 | 60 |
C | 19.70% | 0.197/0.471= | 0.41826 | 0.32 | 30 |
D | 3.10% | 0.031/0.471= | 0.06582 | -0.01 | 120 |
E | 1.60% | 0.016/0.471= | 0.03397 | 0.28 | 30 |
F | 2.70% | 0.027/0.471= | 0.05732 | 0.01 | 75 |
そして、相対シェア、成長率、売上規模をエクセルですべて選択し、バブルチャートを描き、横軸を反転して対数表示したものが以下です。問題児、花形、金のなる木、負け犬それぞれが取るべき施策はどんな本にでも書いてあるのでここでは割愛します。ストラテジストたるもの、自分で数値を導き、計算し、底からロジックを立てなければだめだ、というのが沼上先生の教えです。
このように、フレームワーク一辺倒ではなく、地に足のついた経営戦略論を学び、そして自分から戦略をひねり出すストラテジストとしての地力をしっかりと身につけることができるのが一橋MBAの経営戦略の魅力です。
ちょっとでも興味のある方は受験してみてくださいね。
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